自己紹介。

立石量彦です。徳島市長選挙への立候補を決意し、本日記者会見を行いました。
無名の新人ですので,自己紹介からさせてください。

私は,ザリガニをとったり,野球したりするような,ごく普通の田舎の子として育ちました。両親は,家庭の事情で中卒で就職し,苦労を重ねてきた人間です。
幼い私によく「自分はもっと勉強したかった。お前は思う存分勉強せえよ。」と言ってくれました。

うちは倹約家で,家族で外食とか旅行などはほとんどありませんでしたが,勉強部屋,勉強机,高額な参考書など,私の勉強のためには,しっかりお金をかけてくれました。

私には両親の気持ちがよくわかりました。私は,石井小学校・石井中学校・城北高校といわゆる地元公立校を経て,努力の量だけは誰にも負けないというくらい勉強して,東京大学法学部に入りました。

その後に受けた司法試験で5回失敗しそれなりに人生の挫折も味わいましたが,6回目のチャレンジで、ようやくチャンスをつかみ、平成16年,私は弁護士になりました。

弁護士になった私は,いちばん自分が役に立てるようなところに行きたいと、2年間の修行を経た上で,平成18年,当時弁護士のいなかった徳島県南地域で,日弁連の支援をいただいて、公設事務所「阿南ひまわり基金法律事務所」を開業しました。
まだ弁護士になって2年のことです。正直に申し上げて、まだまだ専門家としての能力も自信も足りない時期でしたが,マスメディアにも取り上げていただいたこともあって、多数の相談が殺到しました。毎日午前2時3時までの仕事が続きました。胃が痛く,不安もありましたが,やりがいで胸が一杯でした。

その後,事務所は「弁護士法人リーガルアクシス」という名で法人化して,ここ徳島市に二つ目の事務所を開設しました。ありがたいことにたくさんのご縁をいただき、所属弁護士5名という、徳島県内では大きな方の事務所に成長することができました。

私は,私を育ててくれた徳島市が大好きです。
川も海も山の緑もたくさんあって,空気がきれいで,眺望が開けています。
食べ物が美味しく,住んでて気分のいい町です。
お接待の文化をもつ,心優しい人たちが暮らしています。
70年前の大空襲で焼け野原になったところから,よくぞ先輩方はこの町を作り上げ,私たちに引き継いでくださいました。
そのことを私は誇りに思いますし,先人に心から感謝しています。

しかし,私たちの徳島市は今,大きな危機に直面しています。

新町西地区の再開発問題です。

これについては,今後詳しくお話してゆきたいと思います。

今後とも随時,更新してまいりますので,チェックのほど宜しくお願いいたします。

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